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工芸品の価値、canosaの使命

2023年1月20日

ロジスティーダジャパンの新しいビジネス、canosa (手作り工芸品の販売)の準備を進めるために、魅力的な工芸品を日本全国探し回っています。

燕三条、南部、高岡、信楽、丹波、有田などをここ1年で巡り、素晴らしい作家さんや作品との出会いがありました。様々な地域の伝統と文化と作家さんの努力と想いに支えられて、これらの作品を沖縄から発信できることに興奮と幸せを感じているこの頃です。


しかしまさに「灯台下暗し」を知る出来事が昨年春に盛岡市の「光原社」を訪れた時にありました。光原社は大正13年(1924)、宮沢賢治の生前唯一の童話集[注文の多い料理店]を出版して以来、鉄器の高橋萬治や民芸の柳宗悦、染色の芹沢銈介、版画の棟方志功などに支えられて、現在でも素晴らしい作品を紹介している日本でも有数の民芸品店です。(当初は出版社でした) 白樺派のメンバーでもあった柳宗悦が中心となって、日本各地の焼き物、染織、漆器、木竹工など、無名の工人の作になる日用雑器、朝鮮王朝時代の美術工芸品、江戸時代の遊行僧・木喰(もくじき)の仏像など、それまでの美術史が正当に評価してこなかった、無名の職人による民衆的美術工芸の様式美を発掘し、世に紹介することに努めた「民芸運動」を、この時深く知るきっかけとなったのです。


詳細は割愛しますが、この「民芸運動」は後に沖縄の伝統工芸に注目し、のちにメンバーの作風にも大きな影響を受けることになります。特に中心的メンバーである濱田庄司と河井寛次郎は沖縄の陶芸家・新垣栄徳との交友から、数度にわたり他のメンバーとともに沖縄に滞在し、壺屋で作陶に励んだそうです。濱田にとって、この壺屋での作陶はその後の活動に大きな影響を与え、自身も「京都で道を見つけ、英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った」と語っています。のちに人間国宝となる金城次郎とも交流しており、金城にとっては濱田との出会いが陶芸家の道を歩むきっかけとなったと言われています。一方で柳宗悦は、学習院中等学科で琉球最後の国王昌泰の孫尚昌が同級生であり、その頃から沖縄に関心を持っていました。高等学校時代から紅型ややちむんに関心を持っていましたが、1938年、ようやく濱田や河井とともに初めて沖縄を訪れました。沖縄に滞在中、柳は紅型や絣、壺屋の陶器、シーサーなどに触れ、大きな感銘をうけ、それらを柳は「琉球の富」と呼びました。柳はこの後も4回沖縄を訪れました。2回目の訪問では、柳の他に濱田や河井など7人の同人が同行しました。彼らは民藝、工藝に関する調査や蒐集を行ったり、沖縄の職人の指導を行うなどしましたが、特にやちむんについては、民衆の生活に密着した「健康な」焼き物であるとして賞賛しました。


沖縄は長い歴史と風土に育まれ、柳宗悦が沖縄を「民芸の宝庫」と語ったほど多種多様な伝統工芸が今にも継承されています。地元にいると却って見失ってしまいますが、沖縄が伝統的工芸品の分野で全国でも有数の地域であることは、国の伝統的工芸品指定の産地数によっても知ることが出来ます。小石原焼窯元の職人さんとお話した時も、「沖縄壺屋で修業を行ったことがある」と語ってくれたことも思い出しました。一方私自身も20年間の間にやちむんを少しづつ集め、それらは毎日の食卓に欠かせないものになっています。(毎日食洗器に掛けてもビクともしません)


地域別の工芸品の産地数をみると、全国1位は京都府の17産地、第2位は新潟県と東京都の16産地、次に沖縄県の14産地と続きます。沖縄伝統工芸は琉球王朝時代に遡り、当時の琉球王朝がアジア諸国との交易で稼ぎ出した莫大な利益を基盤に独特の伝統工芸を生み出し、亜熱帯に属する地理的条件と激動の歴史的背景の中で、この土地ならではの工芸を育んできました。それを遥か遠い東北の地で再認識することになったのです。


しかし沖縄の伝統工芸の未来は明るいかというと、残念ながら悲観的な数字がそうではないことを表しています。沖縄の伝統工芸の生産割合は、織物31%、陶器24%、琉球ガラス23%、琉球紅型(びんがた)7%、琉球漆器3%、その他10%となっていて、年々その生産額を下げています。2016年には約40億円だった年間総売上が、2020年では25億円まで落ち込んでいます。信じられないことですが、悲しいことに沖縄の伝統工芸の職人の多くが熟練職人でも年収100万円以下であり、全国の伝統工芸業界の中でも、賃金体制の特に厳しい地域であることは他の産業と同様です。世界が誇る高い技術力を持ちながら、多くの職人が時給換算でいうと学生のアルバイトより低いのが、今の伝統工芸の実情です。これは、伝統工芸品のほとんどは問屋を経由して流通しているため、中間マージンを問屋と小売店に吸い上げられているためだと言われています。収入が少ないということはそれだけでは生活できないわけで、実際廃業していく職人さんも少なくないようです。最近では家の近くの130年続いた老舗漆器店がコロナの影響もあって閉店しました


職人さんは作るのが本業であって、売るのが二の次になるのが普通です。なので作品の価値が分かる販売店が作品の価値が分かる顧客に販売していくしかありません。そう考えると今は国内より欧米諸国の日本通の人の方がその「価値」が分かるような気がします。沖縄に限ったことではありませんが、これからの日本の工芸品は国内だけでなく海外に積極的に展開していくべきだと思っています。


最近SNSで、ある著名人が食べたラーメンの値段が730円だったことに、「値段が安すぎる。次からは2000円払う。」というコメントが物議を生んでいます。日本人はモノの価値を図るときに、自分の収入と対比して考えることが多い気がします。それは「安い」「高い」ではなくて、自分が「買えるか」「買えないか」です。例えばある工芸品の作品が10万円だった場合、その作品に要した技術と時間を考えて価格の妥当性を考える人は、その道の関係者以外では少ないと思います。素材の下ごしらえから完成までに20日間掛かったとして、単純に計算してその職人さんの日当は5千円です。もちろんそれだけではありません。そこに至るまでの経験や苦労を考えて計算してみれば、「高い」とは決して思えないはずです。私は長年海外ブランドビジネスに携わってきましたが、そのブランドの技術や歴史に思いを馳せて数10万円を払うお客様は少なかったように思います。「流行ってるから買う」「みんな持ってるから買う」、だから「無理してでも買う」日本人が多いのではないでしょうか。欧米ではそういう事は少ないように思います。普通の現地の学生がサックスフィフスアベニューやニーマンマーカスやモンテナポリオーネ通りやサントノーレ通りに足を踏み入れたりはしません。自分の収入を顧みずズカズカ高級店に進入するのはアジアの一部の国の人間だけではないでしょうか。(個人の感想です) 工芸品の価値やモノの値段というのは、金額の大小で判断するべきものではありません。ましてや自分の収入との対比など全く意味がありません。


しかし一方で、民芸品の魅力は骨董品や観賞用の美術品と違い、様式美にその真髄があるはずです。だから普段使い出来る価格でなければなりません。canosaはそのバランスを保ちつつ、工芸品の価値を高め、職人さんが安心して製作に打ち込むことができ、なおかつ購入者も豊かな生活の一部として作品を納得して使って頂けるように国内外に紹介していくことが使命だと考えています。そう、それこそが持続可能な工芸品ビジネスなのです。


また自国の関税率の引き上げなどによって、インバウンドによる一時の「爆買い」も「体験型消費」に形を変えています。実際に触って作ってみれば、作品への理解が深まるだけでなく、日本文化に対する造詣も深まるでしょう。canosaの使命として販売だけでなく、作家さんとの交流や制作体験などの機会も設けてまいります。作る側の人間も、使う側の人間も幸せになること、これがcanosaの最大の使命であります。 (人名敬称略)


ロジスティーダジャパンの新ビジネス、canosaを乞うご期待ください。

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