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Jun 10, 2026
男性のオンオフの服装である。
若いときは何を着ても許されるが、社会を一通り見てきた初老の男が着る服は、それまでの経験値や好みが反映され、どこか円熟味が感じられなければならないと思う。
オンならジャケパン、もしくはスーツ。それもイタリア製であればそれなりに見える。
さらにチーフやラペルピン、よく磨かれた靴と高価でなくとも嫌味のない時計を合わせれば、馬子にも衣装である。
とはいえ、一番重要なのはサイジングだ。
肩の落ちたジャケットや膝の抜けたパンツなど、年齢に関係なく問題外だと思っている。
短い期間だったが、一時、日本のアパレル会社で貿易や物流を担当していたことがある。
販売スタッフたちのシュッとした着こなしには感心した。
長髪。メガネ。髭。ピアス。チーフ。ラペルピン。ネクタイピン。短く細いパンツ。高価そうな靴。パネライ。ブレスレット2重付け。品のいいフレグランス。
うっ。多い。
多すぎる。
そのうち三つくらい選べば十分ではないかと思った。
年齢を重ねるにつれ、さらに引き算は進む。
服なんて着ていればいい。
そんな境地に近づく。
しかし体形だけは着実に崩れていくので、本当は高齢になるほど服に気を遣わなければならないのだろう。
沖縄にいれば、夏はかりゆし、冬でもノータイでジャケットを着ていれば大抵は許される。
しかし出張で東京や大阪へ行くときは少し事情が違う。
沖縄と違って都会はやたら歩く。
「ビシッと感」よりも、歩きやすさや疲れにくさが優先されるようになった。
「雨が降ったらこのサントーニはまずいな」
「PT TorinoのSlimじゃ階段が大変そうだな」
東京勤務時代には考えもしなかった消極的な思考が、今や服装選びを支配している。
そこでノープリーツのチノパンに健康シューズ一歩手前の靴を履き、GoogleMapに導かれながらアスファルトの上を歩くのである。
しかしそれならまだいい。
都会にはそういう際どいオヤジが大量にいる。
誰も他人の服装など見ていない。
問題は、物流の枠を超えて関わっている、日本の工芸の仕事の時だ。作家さんの工房は都会にはない。
山の中だったり、集落の奥だったりする。
土だらけだったり、木屑だらけだったりする。
そこへLardiniのスーツにMagnanniを履き、チーフとラペルピンを付けて行こうものなら、まとまる話もまとまらなくなるだろう。
そんなある日、自分は一体どう見えているのだろうと思い、作家さんと撮った写真をAIに見せてみた。AIはこう言った。
「まず率直な印象ですが、おしゃれな人には見えます。少なくとも服に無関心なおじさんには全く見えません。」
ほう。
なかなか見る目があるな。
しかし話はそこで終わらなかった。
「ただし、『この人かなり分かってるな』というには微妙です。」
嫌な予感がした。
「最大の課題はデニムです。上半身はクラシックなのに、下半身だけ2015年頃のシルエットです。」
うっ。なるほど。
思い当たる節はある。
AIはさらに追い打ちをかけた。
「今の服装は75~80点です。」
微妙である。
いいのか悪いのか分からない。
さらに、
「あと2〜3kg落とすとかなり変わります。」
とも言われた。
容赦がない。
私は話題を変えた。
「それでも今ボトムを選ぶとしたら何ですか?」
するとAIは、
「今はorSlowやマサッチョが来ています。」
と答えた。
マサッチョ。
私は一瞬考えた。
セリエAにそんな選手がいただろうか。
記憶にない。
しかし違った。
パンツだった。
最近人気のパンツらしい。
どうやら自分はそうとう置いていかれているらしい。
私のファッション知識はPT01とIncotexの辺りで止まっている。
その後の十数年間で、世の中はジャージのようなパンツをスラックスとして穿く時代になっていたのである。
危なかった。
実はその数日後、工房で作家さんと雑談している時に、
「最近マサッチョが来てるらしいですよ」
と言いそうになった。
もし言っていたらどうなっていただろう。
「へえ、ルネサンスですか?」
となるのか、
「どこのチームですか?」
となるのか。
どちらにしても、その日一日の仕事は終わっていただろう。
その後、AIとの会話はさらに続いた。
私は半ばやけになって聞いた。
「だったら久留米絣の甚平とか、明石縮の半纏(はんてん)くらい振り切ってもいいんじゃないですか?」
するとAIは意外なことを言った。
「むしろ似合う可能性があります。」
理由は体格だった。
172cm、83kg。
数字以上に肩幅と胸板があるらしい。
「ミラノオヤジというより、民藝館の館長、古美術商、出版社の編集者の雰囲気です。」
なるほど。
悪くない。むしろ望むところだ。
実はその写真の時、頭には関川のしな布で仕立てたハンチングを乗せていた。
あの原始的な、それでいて強靭な古代織の風合いが、どうやら私の体格と相まって、AIの目には「民藝の匂い」として映ったらしい。
そこは褒められたようで少し気分が良い。
そこで次の疑問が湧いた。
「しかしその格好で東京のフレンチやホテルのバーへ行ったらどうなりますか?」
AIは少し考えて答えた。
「そこなんですよ。」
嫌な予感しかしない。
「成功すれば文化人です。」
なるほど。
「失敗すると池波正太郎に憧れている人になります。」
さらに、
「もう一歩間違えると地方創生アドバイザーになります。」
そこへ畳みかけるように、AIは無慈悲なトドメを刺してきた。
「下手をすると、ちょっと小綺麗なコージー富田、あるいはBEGINのメンバーに溶け込みます。」
とどめである。
しな布のハンチングに久留米絣の上下でフレンチへ行く。
成功すると文化人。
失敗すると地方創生アドバイザー。
あるいは、ソロ活動を始めたコージー富田。
人生とは難しい。これではフレンチどころか、マルシャショーラが始まってしまう。
結局のところ、私は工芸作家でもなければアパレル関係者でもない。
工房と都会を行ったり来たりする中途半端な存在である。
だから服装も中途半端でいいのかもしれない。
イタリア服の中に少しだけ日本の工芸を混ぜる。
あるいは日本の工芸の中に少しだけ英国を混ぜる。
あのしな布のハンチングが、Lardiniのジャケットと違和感なく馴染んでくれるように、そのくらいがちょうどいい。
工芸そのものになる必要はない。
地方創生アドバイザーになる必要もない。
コージー富田を意識する必要もないし、BEGINとしてステージに立つわけでもない。
ましてやマサッチョを語る必要もない。
作品を主役にしながら、自分もその世界の一部であること。
60代のカジュアル服とは、結局そんなことなのかもしれない。
「今度必ずマサッチョを穿いた姿をAIに見せる」と誓ったのは秘密である。
【理想】

【AIで生成した画像】



