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眼鏡と鞄について Part 1

今回は日本の眼鏡と鞄についてお話しします。両方ともビジネス上かなり深く関わった経験があり、好きなファッショングッズでもありますので、蘊蓄はつきません。国内最大の眼鏡フレームの生産地と言えば福井県鯖江市に他なりません。その国内生産シェアは90%を超え、その技術と品質は世界一です。何故この地が眼鏡フレームの一大産地になったのでしょうか。


この地で活躍するフレームデザイナーの二代目に聞いたことがあります。

この一帯は冬になると雪に埋もれ、収入源がなくなる貧しい農村でした。ある兄弟が農閑期にも収入を得ることができる手段として眼鏡作りに目をつけます。大阪から職人を招き、村の男たちを巻き込んでゼロから眼鏡作りを習得していくと、活字の普及と時を同じくして眼鏡の需要も増えたのです。その兄弟こそが、今も鯖江の眼鏡メーカーとして残る増永眼鏡創始者の増永五左衛門と幸八です。その歴史は決して平坦なものでなく、多くの失敗と試行錯誤の繰り返しがあって現在に至ります。


鯖江は町全体が工場のような仕組みで、数百とも言われる工場は分業制で、各パーツを大手が仕入れ完成形にします。詳しくは多くの情報がありますので省きますが、歴史ある産業も元を辿れば個人の強い意思とアイデアと周りの賛同と共感と希望によって生み出されたことに感動します。自分の仕事もそのように周りを巻き込み地域を繋ぎ経済を活性化していければいいなと思います。


現在も鯖江は若いデザイナーを数多く輩出し、それぞれの職人が生み出す新しい技術と素材を活かしたデザインで世界の眼鏡フレーム市場を牽引しています。その存在感とかけ心地は決して海外の量産メーカーには真似が出来ないものです。そういう志あるデザイナーの作品を集めた眼鏡店が日本全国に存在します。


関係ないですが、自分が眼鏡フレームの仕入に携わっていた昔、福井市内の蕎麦店で若いデザイナーから接待を受けていました。そばがきやだし巻き卵を肴に飲んでいましたが、そのデザイナーは運転があると酒は飲んでいませんでした。次に連れて行きたいところがあるいう言葉に甘えて彼の車で向かったのはカラオケでもキャバクラでもなく、田んぼの真ん中でした。車を降りて「何にもないですから」という彼の後をついていくと、他にも数名の人が声をあげているのが聞こえてきました。小川沿いに小さな、でもたくさんの光が浮かんで揺らめいています。生まれて初めて蛍を見ました。感激し感動しましたが、ありきたりのもてなしではなく、土地と季節を活かした彼の演出と心遣いに深く感銘を覚えました。政治家や官僚の接待もこういうものなら問題にならないのではないでしょうか。あれが福井のどこだったのか、今では全く分かりませんが、その後ミラノやパリの眼鏡展覧会も彼と一緒に行く事になり、その中で親交を深めました。


今では眼鏡は視力矯正のツールではなく、ファッションアイテムとして欠かせなくなっていますが、似合ってるな、お洒落だな、と感じる人は多くありません。日本人もブランド一点主義から、ノーブランド品やブランド品で主張しないものを着こなせるようになって、本当にお洒落になりました。しかし眼鏡やサングラスについてはまだまだですね。そもそも日本人の顔に眼鏡は似合わない。古い映画の日本人ではないですが、みな同じ顔になってしまう。そうならない日本人の顔にフィットしながら個性が際立つのが鯖江の商品だと思います。

鞄については次回お話しします。



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