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堺と包丁

先日出張で大阪・堺に行く機会がありました。堺と言えば商人の町。

信長が大いに保護し、秀吉が衰退させ、家康が焼き討ちを行った、時代に翻弄された町。


今まで通過したことは何度もありますが、市内に降り立つこと初めてで、路面電車が走り、

自転車が多い街は大阪っぽい雰囲気があり、今度ゆっくりと訪れてみたい気持ちになりました。


同時にロジスティーダの開業祝いに堺の包丁を頂いたのを思い出しました。

頂いたのは前職で関西空港のビジネスで苦労を分かち合ったかつての同僚。岸和田に住むその同僚も関西空港でのビジネスが終了して新しい道を模索しているところ。

「未来を切り開く」という思いで頂いた包丁ですが、送った本人も今度は未来を切り開くことになりました。


ところで包丁と言えば、岐阜県関市と新潟県燕三条(燕市と三条市)。堺を合わせて刃物の日本三大産地だそうです。

関市には何度か行ったことがありますが、閑散とした刃物会館があるだけで、鍛冶場など雰囲気を感じることは今は出来ません。代わりに近年関市には多種多様な商品開発を積極的に行う包丁メーカーが多くなりました。ドイツ・ゾーリンゲン、イギリス・シェフィールドとともに世界三大刃物産地にも関市は名前を連ねます。



関市は古くより、「関伝」と呼ばれる日本刀の独自の鍛刀法を開発し、多くの名刀を生み出してきました。今では鎌倉時代から続く伝統技術に現代感覚を盛り込み、数多くの新製品を生み出しながら、世界に通用する刃物づくりを行っています。


関で生産される刃物は、もともと質の良い、純鉄製の鋼(はがね)の素材を 使用したものが多いと言われています。古くからのこの純鉄製の鋼は日本刀に使用されてきました。

しかし鋼は切れ味は抜群ながら、炭素が多く含まれるため錆びやすく、ご家庭で使う際にはお手入れをマメに行う必要があります。



新潟県の燕三条は鍛冶のまち。新潟県央に位置し、西に燕市、東に三条市と隣り合うエリアです。近年は金物で有名なこの地ですが、その優れた鍛冶技術と高い品質は 日本にとどまらず、世界でも有名です。


この地の刃物づくりの系譜は、江戸時代に遡ります。江戸初期より和釘の産地として栄えてきました。寛永時代の初め、三条の町の中心地を流れる五十嵐川の度重なる氾濫により、

農民たちは農業だけで生計を立てていくことが困難に。そこで、江戸から和釘づくりの職人を招き、農民たちにその製造技術を 教えてもらうことによって、この地で和釘の生産が始まります。


その後新しい鍛冶技術が伝わり、和釘から鎌や包丁などへ製造物も移り変わっていきます。同時に、伝承の技を受け継いだ鍛冶職人が育まれ、和釘の時代には農民の副業として始まった鍛冶業も 専業鍛冶として成り立っていくようになります。明治に入ると鍛治の専業者が急増。それに伴い、河川を活かして商人が金物商品の商いをはじめ、「鍛冶のまち、燕三条」が世に知られていくようになります。戦後は金型の導入により、製品の量産化が進み、 三条でつくられた商品は国内に広く流通するだけでなく、国外にも出ていくようになりました。


現在三条の町には、金属加工を主としたメーカーが多く集います。利器工匠具、作業工具から、包丁などのキッチングッズ、食器などのほか、リビング用品、園芸用品などが幅広く生産されています。切れ味に一言ある包丁が多く、その製造工程は、鍛造、火造り、刃付け、研ぎ、焼入れ、焼戻しなど多岐にわたります。材質にもよりますが、職人たちが各工程で手作業で一本一本仕上げる包丁も。


一方で、切れ味と耐久性のバランスを追求し、家庭用に使いやすい包丁をメインに生産する包丁メーカーも多くあります。包丁は切れ味ばかりに目がいきがちですが、お手入れのしやすさやコストパフォーマンスの良さなども重要なポイント。燕三条には国内外で有名な包丁メーカーが多く集っており、なかには人気のため生産が追い付かず、届くまで1~2年もかかる超人気包丁もあるそうです。



そして大阪府堺市も堺打刃物の名産地です。この地には日本最大規模の古墳「仁徳天皇陵」をはじめ、数々の古墳がありますが、造営された古墳時代には大規模な土木工事が行われたと考えられています。


古墳の造営時には、土木工事に必要なクワやスキなどの工具が たくさん製造されました。 その職人たちがその後も堺の地に集落をつくって住みつき、鍛冶の技術が発展していくようになったと 言われています。


天文12年(1543年)ポルトガル人によって鉄砲やたばこが伝来した際には、堺打刃物の技術が活かされ、戦国時代に入ると堺は鉄砲の産地としても 名を馳せるようになりました。その後戦乱の世の終焉に伴い、鉄砲の需要は減少。天正の時代になると、代わりに喫煙の流行により、たばこの葉を刻む「たばこ包丁」が堺で作られるようになります。

江戸時代には徳川幕府が「堺極」という名の印を 附して専売するように。これにより、堺打刃物の名は全国各地へと広がりました。


その後も優れた刃物づくりの技はこの地の職人たちに脈々と受け継がれ、現在に至るまで、プロの料理人が使う数々の切れ味鋭い包丁が生産されています。

堺で作られるプロが使う業務用包丁のシェアは、なんと90%以上! その割合の高さからも、切れ味と品質にこだわる本格包丁を作り続ける 堺打刃物の職人たちの誇りとそこへ寄せる料理人たちの信頼が感じられます。


堺打刃物は、切れ味と耐久性を兼ね備えるために、地金(軟鉄)と刃金(鋼)の2つの異なる材料を接着させて作られます。

地金となる鉄は非常に軟らかく、刃先の部分に使われる鋼は、炭素の含有量が多い鋼で、焼入れをした際に非常に硬度が高くなります。この2種類の材質を合わせ、火造りしながら叩き、なじませていきながら包丁の形に整えていきます。

このように、刃先は硬く他の部分は軟らかい材質を使うことで、折れず、曲がらず、抜群に良く切れる包丁が出来上がります。


堺打刃物の特長は、なんといってもとにかく鋭い「切れ味」。伝承の技を受け継いだ熟練の職人たちによる鍛造と、研ぎの技術によって生み出されます。

板前さんの包丁は、ほとんどが堺打刃物とも言われているほど、その切れ味には定評があります。


その切れ味の良い包丁でロジスティーダは未来を切り開いている真っ只中。失敗したら腹を切るだけ。

関空を離れ未来を切り開いていく仲間に負けずに侍の覚悟で日々邁進していきます。



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