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  • hiroyukikira

『私をスキーに連れてって』

寒さも厳しくなり空気が張り詰めると雪山に行きたくなります。冬の登山もやっていましたが、それよりも雪山というとスキーです。スノボーの思い出は、一人ロッキー山脈を横断していた辛くて寂しい思い出だけですが、スキーには仲間たちとの楽しい思い出があります。


当時は「私をスキーに連れてって」ブームで、スキー場はどこも爆発的に混んでいました。リフトに知らない人と一緒に乗るのは当たり前で、それが出会いの場でもありました。

スキー場に行くのも大変で、自家用車の場合は(月夜野IC出て)チェーンを装着をして三国峠を越えて苗場に行くか、東京駅からスキーバスに乗って志賀高原に行くことが多かったです。(このバスが楽しい)

苗場や志賀高原(焼額山)も素晴らしいのですが、ホイチョイに影響された当時のミーハー達がプリンス系のこれらのスキー場に集まるので、純粋に滑走を楽しむ、というよりアフタースキー重視の風潮で、スキー場には必ずディスコやクラブがありました。

その他、白馬や八方、草津や北海道もいいのですが、自分は蔵王が好きでした。圧倒的なスケール感と自然の素晴らしさ。そしてデカい。いい温泉もある。最高です。


蔵王は遠いので、当時の会社が加入していた化粧品組合の団体旅行で1年に1回行くだけでしたが、そのスキー旅行を今でも懐かしく思います。色々な(外資系)化粧品会社の職員が参加するので、露天風呂では丸裸で自分の会社のダメ自慢合戦になります。



日本酒の一升瓶を各社持ち込み(当時は禁止されてませんでした)、温泉に浸かりながら、数時間飲むのです。そのうち熱中症と急性アルコール中毒で倒れる人が出たりで、とっても荒れるのですが、それらが過ぎると残ったメンバーでしんみり語り合います。




蔵王の温泉は温泉成分が強いのか、浸かっていると自分の体に小さい穴が開き、そこから毒素が噴出します。(個人差があります)

空からは粉雪がキラキラ降ってきて幻想的です。


しかし温泉の最後に凄まじい儀式が待っているのです。

この露天風呂はホテルの内風呂から長い木梯子を降りていくのですが、深夜には梯子が凍り、滑り転がり落ちて温泉にザッブーンします。

帰りは当然登るのですが、大の男たちが列をなして素っ裸で梯子を上る風景は、ゴリラ達が木の上の巣に帰る風景に似ています。(見たことないけど) 


下から見上げるとおぞましい以外に言葉がありません。しかも必ず誰かが途中で滑り落ちるので、その下の男たちも全員、集団肩車のような体勢で落ちていきます。下から温泉を掛けて凍った梯子を溶かそうとしますが、温泉など瞬時に凍り、梯子が氷でどんどん太くなっていきます。



イカゲームのように周りを蹴落とし我先にと梯子に取り付きますが、結局上ることが出来ず、露天風呂の大騒ぎを聞きつけたホテルのレスキュー部隊によるゴリラ達の救出劇が始まります。どこから集まったのか野次馬も盛り上がり、1人が救出される毎に拍手喝采が生まれます。救出される頃には寒さで死にそうになりますが、翌日はまた「横倉の壁」を転がり落ちて雪だるまとなり、また夜、梯子のゴリラを繰り返すのです。

で、最終日はスーツに着替えてそのまま会社に行ったりします。


ああ蔵王に行きたいなあ。





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