桜坂のランドマーク的存在だった「悦ちゃん」。
超有名店だったので、ここで飲んだ方も多いと思う。
営業していても入口に鍵が掛かっていて、ノックして開けてもらう。
女性一人でやっているので、防犯目的でもあるが、それより酔っぱらいの乱入防止だと言っていた。いつも酔っ払いの状態で行くので「開けてくれなかったらどうしよう」とドキドキしながらノックするのも楽しかった。
『悦ちゃん』の名前は確かお母さんの名前で、『悦ちゃん』の本名は悦ちゃんではなかった。
この店に行くと必ず「あ~らいい男たちが来たね~」と毎回お決まりのセリフで迎えられ、毎回「どこから来たの~」と観光客と間違えられた。「この間も同じこと言ってたよ、憶えてないの?」というと、「もちろん憶えているわよ、久しぶりだね~」「いやいや、先週も来てるって」って他愛もない話が続き、話に夢中になるとおでんの灰汁を掬いながら、またその灰汁をおでんに戻してしまうところが愛嬌だった。客同士もすぐに仲良くなって、店全体の雰囲気も家庭的で誰もが好きな店だったはずだ。
ある日、友人と久しぶりに行くと別の店に変わっていた。場所を間違えたのと思い、付近をウロウロ。
で、あったはずのお店に入って「ここ悦ちゃんでしたよね?」と聞くと、答えに辛そうに「悦ちゃん」が亡くなったことを聞いた。
それからめっきり桜坂で飲むことも、「いい男ね~」と言われることもなくなり、4年が過ぎた。
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